1月13日に出発、京都についてホテルに荷物を置き、息子と合流、親戚のお家におまいり
にいきました。二人で夕食、息子の部屋に初めて入り、四条河原町のすぐそばにマンションがあるとはと感心、ずっといたいけど・・・・・・
14日は久々に朝寝坊、数珠を直し、衣屋さんで防寒の羽織下を手に入れ、ブックセンターで本を仕入れます。11時より安穏殿3階で行われたひとり人形芝居を見に行きました。10月28日に会津若松の県立博物館で1日公演をしていただく予定なのです。所属寺の住職さんたちもおいでになっていました。公演前にご挨拶もでき、ゆっくり鑑賞いたしました。これは面白い、10月が楽しみです。
お昼にうどんを食べ(関西のうどんは久しぶり、やっぱりおいしい)午後はひたすら勉強、お話を思い出すのも一苦労です。夕食を息子と食べて、また勉強、疲れて早く寝ました。
15日は早く起きられたので、6時の晨朝に行きました。帰って朝食、10時からの法要にも参拝しました。ぎりぎりだったので、外陣に入れず、南東側の元縁側の席、寒いと思ったら、庇の下が囲ってありませんでした。風が吹き抜けていきました。でも、音楽法要もいいものです。念仏のメロディーは心にしみるものがあります。
午後は、歩きながらお話をしてみました。大宮通を南下、七条通りを東に行き、烏丸通を北上、お東に寄り、修復中の阿弥陀堂に入りました。障子が閉まっていて、ご本尊は御影堂に移っているそうです。そのまま御影堂に入り、お参りして出ました。数人がお参りしてました。そのまま烏丸通を北上、五条通りを西にいき、ホテルに帰って夜に備えて寝ました。
夕方起きだし、身支度を整えて、聞法会館に出かけました。1階も3階もほぼ満席でした。控室で受付してもらい、要領を教えていただきました。開会の勤行に出て、控室に戻ると、A岸先生など出番の早い先生方が談笑中でした。受付の方にお弁当を用意してますけど召し上がりますかと言われましたが、こんな畏れ多そうな中で一人弁当を食べる勇気はなく、いただいてホテルで食べました。そして、またベットで横になり、気が付くと三時間寝ていました。身支度を整え、荷物を持って聞法会館に出かけました。
A岸先生は出番が終わったのに、まだいらっしゃいました。差し入れの焼酎を召し上がり中、担当総務や宗会議員の方もいて、盛り上がっていました。つぎつぎに先生方がお話に出られます。二会場の映像が控室のテレビに映っています。W先生の話を聞きに行こうとえらい先生方が会場に出かけられましたので、ホッと一息。
午前1時50分やっと私の出番、3階の会場に入りますと、まだまだ人がいっぱいいらっしゃいました。大震災中心にお話を替えて話していましたら、終了時刻を忘れてしまい、いつまで話してよかったのやら・・・・・次の先生が控えに入ってくださったので、やっと終了時刻が分かりました。
次のお話まで1時間40分暇だなあと思っていたら、出番終了した先生が部屋に帰らずいらっしゃいました。同室の方が晨朝に出勤するので寝てるから、今帰ると起こしてしまうので部屋に戻れないとおっしゃっていました。えらい先生は気遣いも立派でした。
4時10分から1階でお話です。こちらはインタネット中継をしていますので、さらに緊張。つれあいも早く起きてみていたそうで、「声が小さくて聞き取りにくかったよ」とご意見を頂戴いたしました。ほかの先生方はお話に慣れていらっしゃって、声も大きく滑舌がいい、私は気が小さくて声も小さい、しゃべるのは苦手なのになぜか布教使なのですね。一番前に座っていたおばちゃんが途中で立って行ってしまいました・・・・・・とにかく終わった。
荷物をまとめてとぼとぼと帰りました。
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